自己中心的反逆の作法
[ある日の日記の一部]
最近道を歩くときにしている、自分だけが楽しめる遊びがある。
よく前後左右きょろきょろしながら歩いている輩がいる。本当にイライラする。誰彼構わず注意することはできないし、してはいけない。こいつらにどのように報復するのか思いついた。
つまり、結局のところ見られて嫌な気持ちをしているのは僕だけである。ほかの人にとってはそれほど嫌な気持ちになっていない、もしくはまったく意に介さない人もいるだろう。
例えば相手が携帯で写真を撮ってツイッターでさらし上げる、みたいな行為だったら話はまた別物だが、ただ見てくるだけなら可愛いものではないか。すると、僕が取れる行為は、彼らに対していがみつくのではなく、自分の心に作用する薬を作ればいいのだ。
それは、この世で一番不幸な人をかき集めて、そのすべてを集約した顔をして歩く、という行為だ。
この顔を見た人間はすべて、その日一日中不幸な気持ちになってしまう、とすることで僕は満足感を得るのだ。これをすることに何のリスクもない。誰かにとがめられることもないし、メンチきられるわけでもないから大丈夫だ。葬式帰りのような恰好をすることもなおよい。いいね。
ただしこれは知り合いに見つかったときには面倒くさいことになる。(こいつ、一人でいるときいつもこんな楽しくなさそうな顔しているんだな。心に闇を抱えているんだな)と忖度されてしまう恐れあり。そうならないためにも日ごろから友達の数を減らしておくことを勧める。そしてその数少ない友達に対して、この行為についての説明をしておくことも欠かさないように。
結局のところ、僕のこの顔を見たところで、一日不幸になることはない。メデューサのぼっち版なんてものは決してない。だからこの能力を信じる、「強い心」が大切になってくる。
つまりこの効果は僕だけに作用すればいいだけの話なんだから、そこのバランスを、しっかり確信をもって「キョロちゃん」たちにしっかり見せつけなくちゃいけない。できるだけ下を向いて、目を細めて、ため息をついて。そうすれば君も人生楽しくなってくるよ。
・・・・・・そもそも人にちらちら見られて腹が立つような人間に幸せになるような奴はいないから、という意見は認めない。