はじまってもいなかったから

これから始めていきます

 

昔から飛びたかった。

 

ずっと昔から空が好きだった。好きで好きでたまらなかった。なぜ飛べないのかと考えていた。どうして走れるのに泳げるのに踊れるのにとべないのだろう。跳べても飛べない。僕はいつか飛びたかった。今もたまに当時を思い出す。

 

 

空を飛びたいのに理由なんてない

 

僕の子供のころ飛びたかったのは鳥のように飛びたかった。金属の塊でもなく、羽をつけたグライダーのようではない。そして鳥にしても頭の悪そうな鳩のようではなく、スズメのように矮小なからだで風を切りたくもなく、美しい鳴き声を持つ鳥たちはもちろん何の魅力もなかった。僕にとって飛びたいときはいつもカラスを見た時だった。

 

青い

 

青さのなかにはなにもなかった

 

なんで空を飛びたいのなんてわからない。ずっとずっとずっとずっと考えたことがあったけど、何もなかった。中がどうなっているんだろうと気になって仕方がなかったのだけど、結局何もなかった。伽藍洞だった。ただの洞窟だった。おーいと言えばおーいとかえってくる、あの頭の悪いおうむ返しが常に帰ってきてたから何かあると思ったのだ。だってこれほど飛びたいなんて周りの人は口にしないわけだから。でもやっぱりのぞいてみても何もない。

 

 

土をけったら空を飛ぶんだから

 

つち、ける、とぶ、するとそら。雨なんて関係ない。だっていつも雲の上には太陽がいるから。そして太陽がお父さんだったことに気付く。どうしても月があるときは思い浮かべられない。雲を抜けるといつもそこには太陽があった。そして太陽は男性だった。ドイツ語では太陽が女性名詞、月が男性名詞なのにもかかわらず、やっぱり太陽は男だった。目がくらむエネルギーは、きっと男という生物特有のものだから。

 

雨と月

 

そして土にかえる

 

土にかえる。跳ぶときに着地点を探る鳥なんていない。グライダーは着地点を探すけど、鳥は探さない。僕はグライダーじゃない、鳥なんだから。黒い羽が僕には生えている。そして小さくなった人間の頭を見てかぁ、と一鳴ききしてやるんだ。世界がこうして結末を迎える小説があるかのように慎重にかぁ、と鳴く。地球はきっと女性だ。

 

Erde:f

 

女性名詞だった。そのとき僕は気付くんだ。今足に触れているものが土であることに。